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京都・花園キリスト教会

こども支援・SDGs・花園教会水族館のあるキリスト教会

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絵本の読み聞かせ会 at ジョイフルクラブ

前回のジョイフルクラブでは絵本の読み聞かせが行われました。


現在、月に1度、専門の方による絵本の読み聞かせが行われています。


2月実施から、新しい子どもメンバーが4名加わったジョイフルクラブ。


この4名も、私たちが絵本を読んでも走り回ったりと大変なわんぱくぶり!

そんな子ども達が絵本に注目するだろうか?

と不安を隠せませんでしたが


絵本の読み聞かせが行われると、、、




見てください。この真剣ぶり。

読み聞かせが始まると、自然と絵本に集まってきて子ども達は集中していました。


すごい!すごすぎる!




当日はホワイトデーという事もあり。

子ども達から女性の方々にプレゼントを配りました。




ちなみに平日なども子ども達が遊びに来るようになり、

子ども達には魚への餌やりを手伝ってもらっています。





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ディズニーイースターに関する見解(公開質問状後の最初のイースターにあたって)

現在、キリスト教歴では受難節(四旬節)に入っています。

今年のイースター(復活祭)は4月5日(日)となります。


キリスト教会にとって、このイースターはクリスマスよりも重要な祝祭です。

イエス・キリストが死の淵より復活した日という、人間の常識では考えられない、

キリスト教徒にとっては信仰の告白をより確認し、主に感謝するときでもあります。

近年では日本においても、イースターが商業的なところから広がりつつあります。


そのような関連の中で、昨年ディズニーを運営しているオリエンタルランドに「ディズニー・イースター」についての公開質問状を提出させていただき、担当者の方々が当教会に来会され、会談する機会が与えられました。

ディズニー・イースターに関する記事はこちら

それらの出来事の次の年のイースター。

今年はディズニーシーでもイースターイベントを開催されるようです。

ともあれ、このイースターはこの花園教会の歴史においても大きな意味を持ちます

数年前、数十年・花園教会で奉仕されてきた方が末期の肝臓がんのため、受難週の受苦日(聖金曜日)に天へと召されました。


牧師は当時、震災支援のために東北に行っており、その一報を被災地で聞きました。

被災地のため、そして牧師の被災地支援のためにも懸命に祈りをもって支えてくださった方で、また当教会の他の信徒の方々の信望の厚い方であり、大変信仰深い方でした。

そのような方が主イエスが十字架上で死なれた受苦日に亡くなるというのは教会にとっても大きな衝撃でした。

また昨年の受苦日には、花園教会の聖パウロ館(集会所:今では痛みを負った子ども達の憩いの場ともなっている施設の建築に尽力を尽くされ、

教会を支えてこられた方がご自宅の玄関で吐血し倒れられ、牧師が担いで病院へと運んだという出来事もありました。


この方もがんでした。病名は「胃がん」それも胃の全摘手術を受けるほどでした。

癌の告知を受けた際には普通であれば、死の宣告を受けたように絶望してしまうのではないかと思うのですが、

しかし、この方もそんな癌の告知を受けても、
「私も主イエスのように希望をもってイースター(復活祭)を迎えたい」

とおっしゃられたのを強く覚えています。


以上のように花園教会にとって、このイースターはより信仰的な想いを与えられるのです。


昨年、オリエンタルランドよりイベントの責任の方々が来られ、これらの話もさせていただきました。

大変親身になって聞いてくださいました。


この公開質問状の出来事は、ツイッターやフェイスブックなどで多くの方々の目に留まり、大きな事柄として取り上げられました。

その観点から今年のディズニーイースターに対して注目された方々も少なからずおられると推察いたします。


花園教会として見解としましては、以前書かせていただいた通り、全ての事柄をお任せするという見解に変わりはありません

担当者の方々と色々とお話しさせていただく中で、これだけ親身になって自分の事のように聞いてくださり、そしてわざわざ京都まで来てくださった方々であるのだから

花園教会としては

「ディズニーというのは世界的に大変大きな組織で、そんな簡単に変わる事は難しい。

しかし、この小さい共同体の声・声なき声を聴きに来てくださったのだから、

あとはすべてをオリエンタルランド・ディズニーにお任せし、どれだけ年月がかかったとしてもその推移を見守っていきたい」


と思っております。


これからのオリエンタルランド・そしてディズニーの働きが益々祝されるようお祈りいたします。

教会学校からジョイフルクラブへ -挫折からの出発-9年間の軌跡 【教育から共育へ】

花園教会では今から9年前に教会学校という名称から「ジョイフルクラブ」という名称に変更しました。

それまで教会学校に来ていた子ども達が小学校から中学、中学から高校にそれぞれ進学したことによって教会学校に足を運ぶ事がほとんどなくなり

一時期は開店休業状態で、子ども達が教会に来ることがなくなったことが大きなきっかけです。

なぜ教会に子ども達が来なくなってしまったのか?

教師みんなであらゆる問題点を話し合いました。

・名称が「学校」という事もあって、学校の延長線と考えられてしまい楽しい雰囲気が伝わっていない。

・部活などで来れない。

・学校周辺でトラクトを配ることができなくなった。

などがあげつつ、そのような中で私たちにどんな働きができるのだろうかと話し合い続けました。

しかし、すぐには結論が得られないまま歯がゆい思いをもちつつ時は過ぎていきます。


そんな中、新生児を連れた親子連れが教会に来られた事をきっかけに

教会学校の「教育」から「共育」へとプログラムを変更する事を決め、

それまでの教会学校プログラムを一新。

それまでの礼拝形式のプログラムから、絵本の読み聞かせ・リトミック体操などを中心にみ言葉を伝えていくプログラムに変えていきました。

教師対象の絵本の読み聞かせ・リトミックの実践講座・勉強会を毎月実施。

しかし初めての事なので、最初は悪戦苦闘しました

すでに図書館・NPOや児童館でも絵本の読み聞かせなどは行っていましたし、それらのクオリティからみると断然、質は低いものでした。

ですから、ポスターを見て期待して来られた初めての親子連れをがっかりさせてしまいそれっきりという事もしばしば。


しかし、そんな中でも毎週子どもが1〜2名であっても、子どもが与えられている自体に感謝しつつ必ずときは与えられると信じ、やり続けました。

それから3年後、共育プログラムも地に足がついてきたとき、『発達障害』という問題と闘っておられる人たちがいる事を私たちは知られます。

今では『発達障害』というのは認知されてきていますが当時はほとんどの方が知らなかった時代で、発達障害は親の教育が悪いという認識が今よりも濃いときでした。

そのような状況があることを知らされたジョイフルクラブはその問題に取り組み、
ジョイフルクラブの根本概念として「闘っている子ども・苦しんでいる子ども・悲しんでいる子ども達と共に生きる」という事を掲げました。



そしてその際に、朝9時から始めていた時間帯を変更し、子ども達が集まりやすい現在のお昼の1時10分〜に変更しました。




丁度、花園教会に発達障害を専門にされたお医者さんがおられ、その方を講師としたり、教師だけでも勉強会を開くなど毎月行い、2年間行いました。

その間に、教会にそのような子ども達が与えられ、私たちにとっても理論と実践の場となりました。

そして少しずつ少しずつ様々な家庭環境・状況の子どもが1人また1人と徐々に増えていきました。


そんな中で子ども達の成長を間近で見ているとき、思わされたのは

【子どもも大変な状況で、遊び方を大人たちから教わる機会がない】

という事実です。



そこで、京都という地域性を生かして、日頃触れる事のない自然と触れ合う機会をジョイフルクラブで作ろうと、

里山でザリガニ釣りや川遊び、水槽展示もこれがきっかけです。

そして交わりの機会を持つためにBBQ、テレビゲーム、スポーツ



も加えていき、

今の形が出来上がっていったのです。


ここまで来るまでに、教師をはじめ、教会員、多くの方々の祈りと尊い奉仕があったからここまで来れたというのがこれを読んでいただいた方にもご理解いただけると思います。

しかし、まだまだこれからです。


子ども達が増えてきたことは大変うれしいですが、それと同時に子どもと触れ合い・子どもの想いを共有してくれる若い教師が一人でも多く与えられるようにというのが今の祈りの課題です。


これからもジョイフルクラブの応援をよろしくお願いします。


  
最近のジョイフルクラブでは子ども同士の共感力を培うために、

「先週、自分が頑張った事、よかった事」を一人一人披露する時間を設けています。

悪いことは何もしなくても自然と記憶に残りますが、楽しいこと・良かった事は考えないと記憶として理解されないという事が心理学でいわれているようです。


最初は、やる気のなかった子ども達も、自分の頑張った、自慢できる事をこの場で披露する事が楽しくなってきたようです。


この子は、自分の作った絵本を披露してくれました。



アパルトヘイト問題を取り上げたラジオ番組に対する意見書を提出しました。

京都のあるFM局が2月17日の朝の番組にて、曽根綾子氏のコラムのアパルトヘイト問題を取り上げる中で、

DJの方が、

黒人が大家族主義であるという曽根氏のコラムを紹介された後、

知人から聞いた話と前置きされた後、「白人居住区はごみがなかった」という言葉でコメントの後半を締めくくられました。

これに対して、私は昨年、アパルトヘイトの現場となったと南アフリカソウェト地区(旧黒人居住区)にてチャイルドディベロップメント・リサーチ(子どもに対する支援の調査)をした者として大変な違和感を感じ、

また私には南アフリカ、またソウェト地区で子ども支援を懸命にしている黒人の友人の事を考えると見過ごすことのできない事柄である事、

そしてアフリカの事を誤解され理解されることはこれからアフリカを知りたいと思う人たちにとっての障害になりかねないと思わされたため、2月17日付で京都のFM局のラジオ番組あてに意見書

私の所属、身分、住所、年齢の個人情報と共にメールいたしました。

これに対する回答については私が知る範囲ではいただいておりませんが、これは意見書であるので回答はないかもしれません。


ただ、望むことは人権・紛争などに関する報道の際は、細心の注意を払わなければ、

情報が当事者はそのつもりでなくても、受け取り側は誤解して理解してしまい

それが大変大きな問題になり兼ねない事柄であるを常に考えて、現場主義で報道していただきたいと願うばかりです。

このラジオ番組のコメントをもし私がアフリカの黒人の友人に語ったとしたら、大変悲しまれると思います。


以下、意見書です。

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Sさんの朝の番組をいつも楽しみに聞いているものです。

曲のリクエストではなく、本日の曽野綾子さんのコラムについてのコメントの中で、Sさんが友人から聞いた事として「白人居住区はごみがなかった」というお話をされていた事への意見を大変恐縮ですがメールさせていただこうと思い連絡いたしました。

連絡先がわからないのでこちらにさせていただきました。

申し訳ございません。この「白人居住区はごみがなかった」という言葉の引用は逆に黒人居住区はごみだらけという誤った情報を与えはしないでしょうか。

私は牧師であるのと同時にナザレン国際援助委員会のメンバーで昨年南アフリカに二週間ほど支援活動の一環で滞在し、旧黒人居住区ソウェト地区での学童支援の調査に行きました。

そこで感じたことはごみがほとんど落ちてはおらず大変秩序だった居住区であったという点です。

日本ではほとんどアフリカの情報が入りません。

ほとんどの日本人はまだマサイ族といった原始生活をされていると思われている方も多い中で、

このような発言は黒人が文化人としての知識がないという潜在的な印象を与える可能性がありSさんの発言には大変危惧いたします。


日本からはほとんど観光でしか南アフリカを訪れることがなくはっきり言って内部の状況が見ているとは思えません。

私の感想として、Sさんも何年前の情報を使っているのだろうかと言わざる得ないと思わされました。

また古い情報の中で話されたのでしたら、これは大変な誤解を生む可能性のある事柄を公共の電波で投げかけてしまうところに大きな危険を感じております。

ソウェト地区での調査の様子をブログに載せております。ご参考までに。

http://kyotohana.blog.shinobi.jp/Entry/824/

宗教法人日本ナザレン教団花園キリスト教会 代表役員 篠澤俊一郎
ナザレン国際援助委員会委員

祝50回!!京都大学YMCA地塩寮聖書研究会〜怠惰な生活と敵だ!と断定する方が簡単な巻

先週の金曜日、毎月行われている京都大学YMCA地塩寮聖書研究会に行ってまいりました。

なんと!今月でこの聖研も50回を迎えました〜! パチパチパチ

年月でいうと4年と2か月です。

毎月休みなく行われた聖研。

いやー振り返ってみれば大学生活が終わっちゃうほどにやってきたんですね。

あまりそんな感じはしませんでしたが。

なぜなら、牧師自身が学生たちから学ばされることが多かったという事に尽きるでしょう。

「今の青年は??」

とよく言われますが、私はそうは感じません。

彼らは彼らの生きている中で、彼ら世代の中で考えている事も色々とあるのです。

「今の青年は?」

といった時点で、大人たちは青年たちを見下しています

その『上から目線』姿勢自体が改められるべきであり、もしそう思うならちゃんと情報を彼らに提供し、世界に目を向けさせるために自分の身を削るくらいにサポート、投資すべきなのです。

そんなサポート・体制づくりをしないで大人たちが「今の青年たちは?」という青年を形成させてしまっているならば、その責任は先の大人たちにあると言わざるを得ません。


と、まあ少々熱くなってしまいましたが本題に戻ります。


今回は50回記念という事もあり、これまでの50回までの聖研の感想を青年たちに率直に語ってもらいました。

といっても1回目に参加した青年はいないんですけどね(笑 ひとり除いて(ただ彼は博士過程なのでちょっと違いますが、、、)

<以下、学生たちの感想です>

○Mさん
 ひとりひとりそれぞれ世界観を持っていて問題意識も違う事に気付いた。
 問題意識は違っていても世界観を持っているという事自体は同じ。
 その意味で人間性の可能性をとても感じた。

○Αさん
 初めて発題した時にプレッシャーがあり怖かった。
 自分の考えを文書にすることの難しさを知った。
 ここでの経験が知識で終わらないようにするのが大変。
 バイトとかぶっていて出席できない事もあったが聖研が楽しい。
 聖書のみ言葉を読む前にいつもやる「自己紹介」と「今月のお題」をみんなで話すのが楽しい。

○Bさん
 キリスト教にこれまで人生の中で関わったことがなかった。
 なので聖書に書いてあることは人生訓のような善いことを書いていると思っていたが人間臭さを赤裸々に記していて、聖書の懐の深さを知った。
また断定で記述されず、自分で考える余地を与えるところに大変驚嘆した。

○Cさん
 3年間、この聖研に出ている。
 聖研以外に寮生と真面目な話をする機会がないので貴重。
 日頃あまり話さない寮夫さんも参加しておられ寮夫さんの話をきけて嬉しい。

○Dさん
 聖研にでて感じたことは、何をしゃべっても否定されない。ほんとに心地よさを感じる。しゃべることが苦手なので否定されない事で自分の意見をしゃべることができている。

○Eさん
 真面目な事を言える場がある。
 自分のペースで話すことができるので貴重。
 ここでしか聞けない事もあり感銘を受けた。
 寮生のそれぞれのストレスの解消法について聞けたことはとても嬉しい。
 
などなど。

これらの感想を聞けてほんとによかったです。

学生さんたちがどう感じているのかなかなか聞く機会がなかったのでわたしにとってもよき時となりました。

地塩寮の学生さんひとりひとりに心から感謝したいと思います。


そして記念すべき50回目の聖書のテーマは第2テサロニケ3章6〜15節


「怠惰な生活と、敵としてみない事とは?」

でした。

ーー以下、聖研―

自分が真面目な生活をしている中で、怠惰な生活をしているものをみるときに本当に許せなくなる。

その際は敵として相手を見ているのではないか?

しかし聖書には敵としてではなく、友として仲間として注意しなさいとある。これは本当に難しいことだ。

・これを共同体としてみる時に、共同体をまとめること自体、難しくなるのでは。

・突き放すことはできるが受け入れる方が難しい。
 ⇒突き放していくとその人は居場所をなくし、ゲーム・ネットに依存してしまう。
  居場所づくりが必要ではないか。

・この難しいという議論は、自分から出発しているからそう思うのではないか。他者の思いなどを出発点にするときに見方もかわってくるのではないか。

・模範を示して恥をあたえるという意味がここでは込められているように思う。
 他者のすべてを見ているようで実はその人に一部分しか見えていない。

・怠惰な生活は自分が忙しいときに見えてくるものだ。例えば掃除など。
 しかしそんな中で実は自分も怠惰な生活をしていたことを知るときもある。
 例えば、人の皿洗いをしてあげていたときに、自分の洗い残していたコップが出てきたときなど。


★まとめ

他者の為の行為、例えば笑顔もそうだが、好きな人には笑顔ができるが、笑顔を返してくれない人がいたとしたらそれは苦痛でしかない。

実は、笑顔というのは「戦い」だ。

ではなぜそれができるのか?

それは神から愛を受け取っているという事、つまり自分にも愛を受け取っていると感じる時に喜びが湧き、笑顔が与えられ、なかなか他者が笑顔で返してくれなくても笑顔をし続けることができるのだ。

マザーテレサは「神の愛を知っているものが、愛の行為をするときその愛の行為とは自分の身を削ることである」と語った。

また宗教改革者ルターの信仰は「明日、終末が来ようが今日リンゴの樹を植える」というものだった。

これは明日、自分にどんなことが起こったとしても今日、神から与えられた業(愛の業)をなしていくという姿勢。

私たちが他者を敵だと諦めてしまったらそこで終わり

でも諦めず自分に与えられた他者への働きかけするとき希望が与えられると思う。

この聖研もそうだったように。

1回目を企画した学生は今はいない。

でも彼らの働きがあるからこそ、こうして私たちはそれを享受できている。まさに諦めなかった姿勢がここにはある。


だから私たちも次の世代にこの喜びを伝える責任があたえられていると感じる。
ーーーーー




学生一人一人の働きに感謝!

イースターに関する公開質問状から一年近く。キユーピーさんの誠実な対応に感謝いたします。

昨年、キユーピーさんに公開質問状を出させていただきましたが、


過去ログ

キユーピーさんの誠実さが表れています。どうぞご覧ください。


うきうきイースター|キユーピー

http://www.kewpie.co.jp/easter/ 


今年はしっかりとキリスト教の祝祭であることを明記してくださっています。

本当に感謝です!

キユーピーさんの誠実さに感謝しつつ、応援していきたいと思います。


子育て応援ジョイフルクラブの冬イベント!

今回、ジョイフルクラブでは冬イベントとして大阪の市立科学館へ行ってきました。


今回はこの科学館を目的とするだけではなく、

大阪名物を食べようというのももうひとつの目的です(笑

 

そのため、イベント係のジョイフルクラブ教師は大変苦労されました。


今回は、総勢17名という大所帯。


電車の移動も大変です!

この17名の胃袋を満足させられる飲食店。


そして雰囲気づくりも必要という事で色々とリサーチしてくれた結果、


大変雰囲気があり、おいしいお店を予約してくださいました。

 

子ども達には贅沢じゃないか?というほどに隠れ家的なお店に行ってきました。


お好み焼きは勿論のこと、串焼きも最高でした。串焼きが一品ずつ出てくるんですよね。



さてさておなかも満たされたところで、

市立科学館にいざ!!


今回はとても運よく、なんとあのはやぶさが持ち帰ってきた石を見ることができました。




石といっても顕微鏡でみるほどに小さい石。



宇宙の神秘をしる良い機会となりました。


ほかにもさまざまな実験展示があり子ども達も大興奮!






そしてプラネタリウム!


イスはフランス製で寝心地最高!!

子どもの中にはプラネタリウムが初めて!という子どもたちもいて、興奮状態でした。


今回のイベントも子ども達の初体験が多く、びっくりし、興奮できる企画を提供できました。



そして一番嬉しかったことはこの大所帯でしたが、だれも怪我・過ちなく無事に終えられたことです。

このことをまず主に感謝したいと思います。


また春の企画も現在、計画中です。


その前に2月22日は、焼き芋大会です♪

是非来れる方はどうぞ〜♪





花園教会ってどんなとこ?

主日礼拝:毎週日曜日
10:30~12:00




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礼拝メッセージ集はこちら

絶望のあるところには希望を

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