花園教会 in 京都

災害支援・地域支援・バックヤード系水族館を運営するキリスト教会

メッセージ:だから信じてほしい!

ヨハネ17章3節「その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストを知ることです。」


このほど、●●兄から花園教会発行の「ブドウ」の原稿依頼がありました。


そこで私は『教会の姿』とはどんなものであるのかというものを少し書かせていただきました。


この『ブドウ』の原稿が依頼されたときは昨年の11月でありましたが、私は何をテーマに書こうか迷いました。


そんな私が迷っている時に、私が働いている会社の同僚と昼食時間ふと、次のような言葉を言ったのです。


「俺の友人のほとんどがうつの手前まで言ってやばい状況だよ。」
と。


皆さんもよくご存知であろう昨年9月のリーマン証券の破綻、所謂「リーマンショック」。


このショック後に日本の経済が大きく悪化してる事は皆さんもよくご存知の事だと思います。


製造業のほとんどは大打撃を受けて、私と同じようなアルバイトや派遣労働者が何の前触れもなく切られていってしまう。


私の仕事場はリーマンショックの影響が少ないのでかろうじてアルバイトができていますが、


この世において生きていく以上、いつなにがあるかわかりません。



そんな不景気の波が世界にそして日本に来ているわけですが、その私の同僚の友人も製造業で正社員として働いているそうです。


しかし、正社員とはいえオーバーワークが絶えない日々らしく、憂鬱であるという事でした。


そしていつも通勤電車を見るとこう思うというのです。


「この電車に誰か飛び込んでくれたら・・・少しでも会社にいる時間が短くなるのに」

と。


なんと大変な世の中なのでしょうか。


これは今働いている若い20代の男性がこう思っているのです。


わたしはこの事を聞き、この世にあって教会は何なんだろうとより真剣に考えるようになりました。


そして教会の役割とは教会の意義とは?


私はこれにより、花園教会広報誌『ブドウ』に書くテーマは決まりました。


「教会の姿とはどんなものであるのか」と。


是非また『ブドウ』が発行されましたら私のところも読んでいただければと思います。



私自身この1年間、神様に守られたと本当に感謝しています。


私は牧師の傍ら、5日間のフルタイム・何週間連続で夜11時に帰るという残業の日々が多々ありました。


そのような中で日曜日は、教会学校から始まり、

ママさん達へのキリスト教入門の活動、

そして青年会のメッセージ、各委員会、

また血気多感な子ども達との体力勝負的なコミュニケーション(笑)などが盛り沢山にありました


肉体的にはとてもツライ時も多くありましたが、

しかしそれ以上に喜びの多い年であったと思います。


それは昨年6月には娘が生まれ、そして母体の妻も無事だったという事。


また教会学校では、子ども達が少しずつ心を開いてくれるようになってくれた事。


そして不思議な事に私達夫婦に年齢の近いママさん達が教会に来てくれるようになってくれた事。


青年会の活動も少しずつですができるようになり、青年が集まって青年だけのクリスマス祝会が催せた事。

数えればこんなに沢山色々ありました。

そして皆さんにもとても支えられた一年だったと思います。


新聖歌の中に「数えてみよ主の恵み」という賛美がありますが、ホント色々数えてみると数え切れない主の恵みがあったように思います。


私は今数え切れない主の恵みがあったと言いましたが、決して私はこの言葉を社交辞令のように使っているわけではありません。


心からホントにそう思っているわけです。

なぜ私がこう思えたのか、少し思い巡らしてみると、ある祈りを通してそう思わされた事に気付きました。

それはマザーテレサの祈りでした。

マザーテレサの祈りはこのようなものです

「主よ、あなたご自身が私の存在を完全に支配してください。

私の接する人々が皆 私の中にあなたの現存を感じとれますように。

私を見る人が私ではなく あなたをこそ私の中に認めますように。

主よ、私の中にとどまってください。そうすれば私も常にあなたの栄光をこの身に反映させ兄弟姉妹の光となることができるでしょう」

そう、花園教会にそして花園教会の信徒の皆さんひとりひとりに神の現存を感じ取ったからなのだと思います。

神が花園教会にそして私達の心の中にあたかも神殿の中にいるように住まわれたからこそこう思えたのだと私は思います。

神がます私達に恵みを惜しみなく提供してくれている事を私は信じているからこそ辛くても喜びを恵みを数えたのだと思います。

また皆さんが神をイエス・キリストを信じているからこそ花園教会はこうして祝されているのだと思います。

その事を思うとパウロが使徒の働き16章31節で「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」と言ったあの御言葉の意味が少しはわかるような気がしました。

そう主イエスを信じるという事は、私達の私のそしてあなたの信仰だけで個人的な信仰では終わりではない。

いいえ、終わりにはできないという事。

主イエス・キリストを信じる事によってマザーテレサの祈りにあるように自分の家族だけではなくその取り巻きそして教会の光になっていくのです。


今私はここで皆さんに「主イエスを信じなさい」という御言葉を伝えましたが、この「信じる」という単語は大きなポイントなんじゃないかなと思うのです。

それは、私も通勤時間、聖書を読む機会が与えられていますがそこで気付いたのは「信じる」という事の意味でした。

私達は日頃「信じます」と言う言葉をつかっていますがこの「信じる」という事の意味は聖書ではどう扱われているのか。
実はこの「信じる」という言葉、調べてみますと一番使われている箇所はヨハネによる福音書です。

単純に数えただけでもヨハネでは36回使われています。

他の福音書を数えてみると、マタイが3回、マルコが5回です。

この事からもヨハネがどれだけこの「信じる」という言葉をたくさん使っていることがよくわかります。

皆さん、是非もう一度ヨハネによる福音書をじっくり読んでみて下さい。

そこにはイエス・キリストのひたむきな、けなげというとそれを超えて、イエスがかわいそうに思えてくるそんなイエス・キリストの姿を垣間見ることができます。

それは、イエスが「私の遣わした方を信じなさい」「私の御言葉を信じなさい」と言われ続けるのですが、あまり人々の反応が良くないわけです。

そして、頼みの弟子たちですら「信じます!」と告白するものの、次の瞬間イエスの言葉を無視するかのような行動にでていく。

ヨハネ福音書を読んでいたとき

「今お前ら(弟子達)、イエス様に信じますって言ったばかりじゃん。

なんでそれをさかなでするような行動をするんだよ」

と何度も私は思いました。


ヨハネ福音書にはそんな箇所がいっぱいでてくるので、私はなんだかイエス様に同情というか、イエス様が哀れに思えてしょうがなくなっていきました。

そして最後には、その「信じます」と言っていた群集に十字架に掛けられそして「信じます!」と自信を持っていっていた弟子たちにすら裏切られる。


これを読んで私は通勤途中ではありましたが、イエス様があまりに難儀に思えて泣きそうになりました。


でも、よくよく後で考えてみるとこの群集や弟子達の姿って私の姿なんじゃないかと思うようになったのです。。


「信じます!」と言っておいて、次の瞬間それとは全く違う的外れな行動にでていく。


「信じます」と言って平気で裏切る。


これは私の姿なんだと言う事を知らされたのです。


そう考えると、私も「はああ」とため息をつく位、何もできてないなと思わされ暗い気持ちになりました。


でもどんどん読み勧めていくと、ヨハネによる福音書はそんな暗い思いを吹き飛ばすクライマックスを最後には用意していたのです。


それは復活されたイエス様が、自分を裏切り、「信じます」と言っておきながら全く的外れの事をしていた弟子たちのもとに現れ、祝福しそして再度また「信じなさい」と言われた事。


これは私にとって大きな衝撃でした。


あれだけ狼少年の如くにまた信用できないほどに「信じます」と連発していた弟子たちに向かって再度「信じなさい」と言われたのです。


これは私にも言われているようでした。

私達がイエス・キリストから何度も何度も背いたとしても、イエス・キリストは私達のもとに現れ「信じなさい」と言われる。

イエス・キリストは、私達にどんなときであっても私達に「信じなさい」と言われているのです。

このヨハネによる福音書にはイエス・キリストが絶対に諦めないそんな姿が記されています。

そしてここからそれほどに私達を愛しているんだと言う事もよくわかるのです。


それからの弟子たちについては皆さんもよくご存知のように全世界へと死を恐れず宣教へと出かけていくのでした。


私達も同じなのではないでしょうか。


この世の出来事、不況、戦争、飢餓、死、病気、衰え数切れない「信じれない」事が私達に襲ってきます。

そして私たち自身も「主イエスを信じる」と告白していながら全く的を得ていない、逆にイエスを裏切ってしまうような事をしてしまうかも知れません。


それでもイエス・キリストは絶対私達を、わたしをそしてあなた諦めない方でいらっしゃる。


ですから私達もイエス・キリストが絶対に諦めない以上、私達も信じる事を諦めてはいけません。

信じる事をやめてはいけないのです。

信じていけば、弟子たちが復活したイエスを見て、心からそして本当の『信じます』と告白したように必ず本当の信じるという事がわかるのですから。


「信じる」を持続させたとき、それは私達にとってとても大きな喜びとなり、そして一番強い力となるのです。


ですから、私はこれから「主イエス・キリストを信じ続けていきたい」と思います。


この正月、私を慕って大学時代の同期と後輩がわざわざ私の元に来てくれました。


しかし彼らは、仕事に疲れ・人間関係にストレスを負っており、

「仕事が始めることがとても憂鬱なんです」とポツリと本音をこぼしたのでした。


私はそのとき、彼らに少しでも解決の糸口を見つけ上げられればよかったのですが、残念な事に全くそれを提供できませんでした。


でも私が復活の主イエス・キリストを信じ続ければ必ず、マザーテレサの

「常にあなたの栄光をこの身に反映させ兄弟姉妹の光となることができるでしょう」

という祈りにもあったように、神がいつか私を通して用いて彼らに光をくださる時が来ると私は信じています。


「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」

是非あなたも主イエス・キリストを信じていって下さい。

それが救いにそして周りの光となっていくのですから。

主の祝福が皆さんと共にありますように

祈ります。

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