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第80回京都大学YMCA地塩寮聖書研究会 -種まく人のたとえー

先日、80回目の聖書研究会が京都大学YMCA地塩寮にて行われました。

8月は帰省したり・バイトしたり・旅行したりする学生もいるので

まったりとした雰囲気でやるのが恒例となっていますが、近年では珍しくこの時期としては人数が増えました。




感謝ですが!夏休みを是非ともエンジョイしていただきたいものです。

夏はバイト!という事で、みんなでどんなバイトをしたことがあるか?どんなバイトをしたいか?

というお題から始めて話し合いました。

その中でカードバトルの仲介とバイトがあるようで、

最近は子どもから大人までカードゲームが流行っています。

そのカードゲームのルールを初心者にもわかりやすく伝えるのがそのバイトだそうで、

けっこう時給もいいとか?

色んなバイトがあるんだなあと思わされました。

私もバイトはかなりの数こなしたのでその話やネットでは書けない裏話などを話したところ学生たちはとっても驚いていました(笑


さてさて本題に移りますが、今回はマタイ13章1~23節【種まきのたとえ】です。

キリスト教会では有名な箇所ですが、

ここを読んでの感想は、

「この話は普通に当てはまる。というのは 何をすればいいのかという事がわかっていても継続ができない人が多い。これは現代でも同じではないか。」

・良い土地という言葉の隠喩が難しいが、これは人から言われたり・アドバイスなどもあった際、それを続けていく事で結果が出てくるだろうし、
スポーツでいえば、努力が一番であり、それをし続ける事が良い土地という事ではないか?

と思わされた。ここはとてもすんなり納得できた。
聞く者は聞きなさいという言葉が印象的。
等々。


チューター(牧師)の意見:
確かに「聞く者は聞き来なさい」というのは印象的だが、
当時の社会を見てみると、「イエスの声は小さい。つまりどちらかというとマイノリティ。」であって、お前みたいな小さい奴の声は聴かないという雰囲気は大いにあったと思う。
つまり権威・お金がものを言っている時代。
そのような中にあって真実の小さい声をどれだけ、聞けるか?という問題でもあると思う。

これは私たちにも言える事で、自分の置かれている状況・環境の中で、そのような小さい声を拾えることができるだろうか?という問題を突き付けているのではないだろうか?
私たちは人生設計をする時に、自分の順風な未来を描く事が多い。

けれども、そんな人生の中で突然の出来事というものが訪れる事がある。

その際に、この聖書の御言葉のように、み言葉を悟る事がなければその出来事は突然の不幸な事柄で終わってしまう。イエスという人物が十字架に架かった事は大変悲劇なのだが、今のキリスト教ではそれは希望として伝えられている。

それはなぜなのだろうか?

それと同じように種が良い土地に落ちるという例えは、突然の出来事がみ言葉の柱によって不幸な事柄から希望の道へと変えられていく事を意味しているのではないか。

勿論、順風に行く事も大切だが、それ以上に突然の事柄に対しても立ち向かえるような言葉を、是非とも聖書からもらってほしい。

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学生たちの今後が祝されますように!

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