花園教会 in 京都

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「青年の輪【国際交流・京大聖書研究会etc..】」記事一覧

第62回京都大学YMCA地塩寮聖書研究会「祈りとは?」

先日、第62回目の聖書研究会にいってきました。

2月という事もあり、地塩寮では新入生の入寮選考のための準備で大忙しでした。

私もこの時期は確かに寮に新しい新寮生を入れなくてはならず、奔走した覚えがあります。

入れる人数で予算なども変わってきますし、死活問題なんですよね。


ともあれ、聖書研究会ではこの春休みでの過ごし方などを共に共有しました。

そして本日のテーマは

ルカによる福音書11章1-13より

「祈りとは?」

というところから発題が行われました。

あまり日本人がイメージしにくいのがこの「祈り」ではないでしょうか。

そんな中での意見
●努力してきた事が成就されるように祈るのが祈り という意見が多数でした。


確かにそのような祈りもあるかと思いますが、

ここで言う祈りは、「他者への祈り」、つまり「執り成しの祈り」です。

イエスは、「神を愛しなさい」というのと同列に「他者を自分のように愛しなさい」と教えました。

神は別次元の存在という当時の考え方から大きく逸脱しているのがこの教え。

つまり神を愛する事と、他者を愛する事を同列にしている事も重要なポイントです。

自分の事柄が成就するように祈願するのも祈りですが、

それ以上に重要なのは「他者の事を祈りで支えていく&他者の為に求めていく」

この祈りの方が重要なのです。



今回も共に聖書研究会のときが持てて感謝でした。




第61回京都大学YMCA地塩寮聖書研究会「復讐してはならない」愛による抵抗

2016年も1月が半分過ぎようとしていますが、芸能界がとっても慌ただしいですね。

ともあれ昨日は、5年を過ぎ6年目に突入した聖研でした。

今回の出席者の中には成人した3人が参加し、成人式の話で盛り上がりました。


私の成人式は、ちょうどインフルエンザにかかってしまい寝込んでいました。

そこに鹿児島の友人から「来ないの?」と電話がかかりとインフルの為に東京にいたことなどを話した悲しい記憶を紹介。

そのあとは、今年一年の抱負を語り合いました。

この2016年がそれぞれの学生にとってよき年となりますように。


さて本題。今回の聖書箇所はマタイ5章38ー48節

『復讐してはならない』

有名な箇所ですよね。

そこから

親子ケンカの話に発展し、親子喧嘩をする人・しない人に分かれました。
 
 ―親は自分のスポンサーだからケンカするメリットがないなど、なかなか新鮮な話ばかりでしたね。

さて、ここの聖書箇所ですがよく私たちが読むと受け身として読んでしまいます。

【右のほほを打たれたら左のほほも差し出しなさい。】という箇所は最たるもので、

抵抗してはならない的な思いを抱いてしまいます。

しかしここで注目する点は決して「怒ってはならない」と書いていない点です。

右の頬を打たれたとき、左の頬を差し出す、これはとても勇気のいる行為です。

これはガンジーの非暴力主義に通じるものがあります。

ガンジーは聖書に多大なる影響を受けました。そこから彼が提唱したのは非暴力という抵抗運動です。

私たちは無抵抗主義者ではなく、抵抗はします。

でもそれを暴力に訴えないというのが大切な点だと思います。


しかし世界は暴力に訴えていく。

私たちに必要なのは暴力を止めるための暴力ではなく、暴力を止めるための愛だと思うのです。

その暴力を止める愛の一例として、昨年の黒人差別主義者の教会での銃乱射事件です。

この差別主義者は全米で暴動を拡大させるために銃を乱射(ヘイトクライム)しました。

しかし、牧師を殺された遺族らの「容疑者を赦す」という言葉で、暴動は起こりませんでした。

まさに暴力に対して暴力で訴えない「愛」によって抵抗した事例ではないでしょうか。


乱射事件のあった黒人教会(ヤフーニュースより)

これはとても難しい事ですが、しかし難しいからこそ祈り求めていきたい、そう思うのです。


その2:京都大学YMCA地塩寮のクリスマス会!ロウを食べたことありますか?

今日は花園教会でクリスマス礼拝・祝会が行われました。

総勢60数名が集まり、ここ10数年で一番の人数となりました。

感謝です。



その話はまた次回するとして、今日は【地塩寮のクリスマス会 その2】をお伝えします。




キャンドルサービス後は鍋を囲んで、自己紹介のときを持ちました。


学生が作ってくれたピザ。

そこでは様々な話題が飛び出し、途中進路相談のようなときもありました。

私も親身になって聞いていました。

そんな中で、ケーキが回ってきました。

ある学生が、「あっ!そのケーキよりはこっちのケーキのほうがサンタさんが入っているしこっちにしましょう」

という事で、好意でわざわざ私の目の前にあったケーキと取り換えてくれました。


そんな中、相談を親身になって聞きながら、そのケーキの脇にあったサンタのチョコレートらしきものをひとかじり。

「ん?」

と、ちょっと思いながらも学生からまじめな相談のような形だったの気にせず

もうひとかじり

「あれ?全然味がない。。。これチョコだよな」


と、サンタの顔を丸かじりした後の人形とにらめっこ。


そしたらなんとそのサンタの頭に紐があるではないですか!

試しに近くにあったロウソクの火に当ててみると

「あっ。。。」



「火がついた。」


という事で、これサンタのロウソクと判明。


うええ!!!

と、口に残っていたロウを吐き出しつつ、


「ティッシュちょうだい!」

叫び
、学生に頼んでもってきてもらったものの、

なんとトイレットペーパー。


寮には箱ティッシュという洒落たものはないらしい。。



ええい!!しょうがい!!

と思って使ったが、案の定、、、口の中で溶けていく。


なんとも二次被害。


「これ!コントかよ!!」

と会場は大爆笑。

確かに自分的にもちょっと面白かった事は否めない。。。



にしても、「講師なんだよなあ、私、、」と思ったりもしたが、

気を取り直して、女の子が作ってくれた新たなケーキと、クッキーを食べて舌鼓を打つ。



口に残ったロウはすべておなかの中へ。

そんなこんなで楽しい時間も過ぎていき、

待ってました!プレゼント交換。



「クリスマスキャロルの頃には」の曲に合わせて交換。

しかし、どこで止めればいいかわからず、長い間、プレゼントが回った。


そして、、

止まった。


去年私がもらったプレゼントは、蚊取り線香。冬なのに。


今年は何だろうと紙を開くと、

「500円分仕事をします。例:肩たたき券 50円など」


なんとも去年のプレゼントを凌駕するプレゼント

「なんやねん!」 ただ確かに面白った。



明らかに関西人になりつつある私ですが、

プレゼントもらった分、しっかり働いてもらいます(笑

まずは子ども会でおやつを作ってもらおうかな?

そんなこんなでジェスチャーゲームをしたり飲み会でよくやっていたゲームを学生たちに教えて楽しみました。



ジェスチャーゲームで優勝した学生!おめでとう!


そして家に帰ったら午前様でした。。

人数は少なかったですがとても楽しいひと時となりました。


そしてホントに忘れられないある意味、

ぶっとんだ60回目

5年を迎えた聖書研究会のクリスマス
となりました!!










第60回、祝5年を迎えた京都大学YMCA地塩寮聖書研究会その1・『寮生にとって聖研とは?』

今日は、京都大学YMCA地塩寮のクリスマス会でした。
そして60回目、そして5周年を迎え、6年目に入ろうとしています。
そんな記念すべき日でした。

 
今年は、聖書研究会再興の創成メンバーが全員卒業後の年です。
私はひとつの岐路・ターニングポイントの年だったと思います。
寮生にとって今年1年間の聖書研究会はどんなものと映っていたのでしょうか。
 
そんな事を思い巡らしてながら、
私も創成に関わらせていただいた者として今年のキャンドルサービスでは、
5年前・つまり聖書研究会が始まって初めてのそして記念すべきクリスマスキャンドルサービスで話したメッセージをそのまま、メッセージしました。

創成に関わらせてもらったものとして当時の学生たちの想いを伝えるのが私の責任と思ったからです。
しかし、それをどう捉え、どう行動していくかは今の現寮生にかかっています。


これからどうしていくか?どうしていきたいのか? そのために何をする必要があるのか?


六年目を迎えるにあたり

是非現寮生には考えてもらえれるきっかけとなればと思います。
いい時が与えられるように祈ります。
第一部のキャンドルサービスは以上のように進んでいきました。
さて、そんなこんなでクリスマス会は第二部に移っていきます。
では、第二部ではどんなことをしたのでしょうか。
それは次回のお楽しみに!

 

第59回京都大学YMCA地塩寮聖書研究会 ―人は先入観の中で生きている

  この聖書研究会も今回で59回を迎えました。



今度の聖書研究会で60回、5年が経過するわけです。

なんだか早いな?という感じがします。

創設のメンバーはすでに卒業しており、今は聖書研究会が当たり前になってからの学生たちです。

自分だけが創設のメンバーとなったのはなんだか寂しいですが、次回のクリスマスには私はこの聖書研究会の歴史性についてメッセージしようと思っています。

寮生ひとりひとりの想いによってこの聖書研究会が継続するかそして無くなるかにかかっていると私は思っています。

私はそのツールでしかありません。

主役はあくまでも学生である。 

そのことを是非とも学生たちには受け取っていってほしいと思うのです。


ともあれ、今回の聖書研究会の始めのお題は、

『後悔した瞬間』もしくは『俺の・私の人生ってなんなんだろう』と思った瞬間

という初めてのネガティブなお題となりました。

ちなみにわたしは妖怪ウィッチのネガティブーンが結構好きです。


さて今回はダークな感じですが、学生たちからは

●3回生のときにドクターとって頑張ろう!!と思ったけれどあまりに実験が精神的にしんどいし、時間がかかってしまいつかれてしまう。

しかも教授の愚痴を聞かされたり、期待されていたが、最近はその期待も薄れてきているのが感じられ、まさに今、自分の人生はなんなんだろうと思わされている。

●部活をやめないといけなくなったとき。
  それまで部活に打ち込んでいたけれど、ある理由からできなくなってしまった。
 目の前の取り組みが一瞬でなくなってしまった。

●高校受験で第一志望を落ちたけど、そこまで悔しいと思わない自分がいた。
 ホントに打ち込んでいたら、悔しいと思う自分がいたと思うのに、頑張っていない自分がいてそれを知った時に後悔した。
浪人しているときに何をしてでも京大に入れ!という期待が周りにはあって、だからと言って自分が落ちたとしても別に社会的にみたら、社会になんの貢献もしていないし、どうでもいい存在なんじゃないかと思わされていた。もうその気持ちは今は乗り越えましたが。

サークルで学祭に出店したけれど、誰も積極的な参加がなく自分だけが頑張っていた。
 そんなときになんなんだろうなあとふと思った。
 でもそんなときに財布を落としたけれど、ちゃんと拾って交番に届けてくださった方がいて救われた。

●小学校のときによく遊んでいる女の子がいた。
 相思相愛だった思うけど、それを確認すること・アクションを起こすことができずその子は引っ越してしまった。ちゃんと聞いておけばよかったと後悔している。

●勉強をしてこなかったことに後悔。そろそろ自分の限界を知り始めている。

●自分の大切なものが壊れて、その修理代が相当なものになって、落とした事に後悔している。

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結構、出てきました。
筆者自身も大学一年生のときに生活リズムが全く違う相部屋の人とのコミュニケーションが成り立たなくて精神的に疲弊したところに、親しいと思った人から裏切られた事で、人間不信だったことをエピソードとともに話しました。


でもこれには後日談があって、その人間不信がなくなったのは、

ある先輩が「お前の事を信じる」とひと言、言ってくれてその言葉に救われて人間不信をやめたんですね。

だから言葉というのはホントに人を生かしもし、殺しもする。

私たちはその事をもっと知らないといけないと思います。なので政治家の言葉の軽さに驚かされたりするわけですが、、、



ともあれ、本題に入りましょう。今回の聖書箇所は旧約聖書のヨナ書です。

これはスト―リーを知らないと話が分かりづらいのですが、

ここで重要なのは自分に課せられた使命が一瞬にして目の前から無くなったらどうするのか?

という問いが与えられました。

学生たちの意見として

●神様は理不尽

●預言が当たらなかったとしても大勢の人たちが助かったんだからそれでいいのでは?

●自分は用いられていると持ち上げられている・よいしょされていると勘違いしているのがヨナではないか?

-------------
<まとめの中で>

私達人間というのは、先入観で物事を見る事が多い。そしてそれに支配されています。

ヨナは滅ぶべき町なんだから当たり前に滅ぶすべきだと考えていたので、神がそれをなさらなかったことに怒りを持ちます。

でも神は、惜しむことの具体例から、そのヨナの先入観を打ち破られました。

私たち自身はどうなんだろう。

今の世界情勢、パリの事はよく報道されて知っているけど、シリアの事は何も知らない私たちがいます。


恐れは恐れを産む。

まずは私たちは先入観をとることから始める事が必要ではないか?


神は滅ぶべき町であってもそれを惜しみ

そして先入観をもっていたヨナに対して丁寧に具体的な経験をさせる事によって修正してくださっている。


どちらもすぐに断罪するのではなく、神が全てに丁寧にされたように、

私たちもここから学ぶべきものあえるのではないだろうか。



今回はそんな聖書研究会でした。


さて次回は60回、クリスマス。楽しみです♪ 



珍しい光景をみたので写真に収めました(笑


聖書研究会の様子が教会の雑誌「信徒の友」に載りました!

今日は、京都大学YMCA地塩寮にて先ほどまで聖書研究会が行われていました。


内容の報告は次回にするとして、この聖書研究会も今回で59回目となりました。


さて段々と歴史を刻んでいる聖書研究会ですが、

この度、「信徒の友 11月号」(日本キリスト教団出版局)に地塩寮の事が記事となり、

   


その中で、聖書研究会の事も記事となりました。



感謝です。詳しい文章は「信徒の友11月号」をご覧ください。

地道に続けていると、このような感謝な時が与えられるんですね。


聖書研究会の様子が詳しく書かれてあり、

また平日朝6時〜行われている自主的な聖書朗読の事も載っていました。 
 


この聖書研究会は筆者にとっても大変貴重な体験となっています。


この聖書研究会を5年間続けて来れたことに主に感謝するとともに時の寮生たちに感謝いたします。

感謝会と研修会

 今日は、大阪一日遠足の感謝会を行いました。

まあいわゆる、子ども達のお菓子パーティですね(笑



今日は夕方から研修会もあるという事で、

多くのボランティアの方々も集結したため、豪華な感謝会になりました。




そこでみんなに名前を覚えてもらうために、

スタッフ・ボランティアと子ども達がペアになり、自己紹介をする事に



そしてペア毎に相手の名前を覚えて発表するというゲームをしました。


これが結構面白かったですね。


感謝会の後は、いつものように子ども達と遊んでもらいました。


今日初めてのボランティアさんもいましたが、とっても楽しい!!との感想でした。

感謝な事です。



夕方からは、花園教会の青年会と近畿NYIと子ども会ボランティアの方々で懇親会をおこないました。

まずは自己紹介。


そしてマシュマロチャレンジという、チームワークなどを学ぶゲームをした後、




これが結構、難しいですよね。



結局、60㎝のタワーが優勝です! パチパチ

みんなで鍋をつつきました。



     
いやー美味しかったですね。


そしてその間、『貧困についてのプレゼン』を聞きました。


それぞれ、色々と考えさせられる事柄だったと思います。


そして、大覚寺の紅葉へ!!

 


今日は人が少なくて貸し切り状態でした!
   



二年前は人が多すぎて見れなかった場所も、

 

ゆっくりと見て回ることができたのでラッキーでした。






今日も一日祝されたときとなりました!




感謝!!



花園教会ってどんなとこ?

主日礼拝:毎週日曜日
10:30~12:00




『魚の生命維持システム』開設募金のお願い。
ご寄付受付口座
<ゆうちょ>
口座番号: 00940-4-332099
口座名:花園教会水族館

<他行からの振込の場合>
店名:099
預金種目:当座
口座番号:0332099
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